「自分の記録のために登ったのではなく、今回はエベレストを助けるためだった。
エベレストはこの世に1つしかないのだから」。
アパさんはAFPに対し、今回の登山は「地球温暖化問題についての啓発と、
持続可能な登山活動の促進」を目指した遠征への参加だったと語った。
■エベレストに忍び寄る地球温暖化の影
ネパールの首都カトマンズ(Kathmandu)に凱旋した登山隊は、
排せつ物も含め登山中のゴミはすべて持ち帰ったと言う。
標高8848メートルの氷の世界では生分解が一切起こらないためだ。
「僕はエコロジーも地球温暖化も知らなかったが、今は理解している。
地球温暖化は危険だということをみんなに伝えなきゃいけない」とアパさん。
ネパールの山間部や僻地の人々に、地球温暖化の影響について教えたいと語った。
アパさんは、もろくなり溶解しつつある氷河の危険性を直接、目にしてきた。
地球温暖化の危機を初めて意識したのは、20年前のこと。
氷河湖の氷の土手が決壊し、アパさんが住むヒマラヤ山ろくのターメ(Thame)村が
洪水の被害に遭った。
こうした洪水被害は近年頻発しており、今年に入ってからは別の氷河湖が決壊し、
エベレストに至るすべての橋が押し流されたという。
さらに登山家らは、南ルート上のクンブー(Khumbu)氷河が着実に
崩壊しつつあることを報告している。
■遠征隊になくてはならないシェルパ
「シェルパ」とはもともと一民族の名称だが、現在ではヒマラヤ遠征隊を
サポートする人々全体のことを指すようになった。
登山にかかわるシェルパは500人から700人いるとされる。
欧米諸国を中心に盛り上がっている山岳観光産業は、海外の遠征隊を
サポートするアパさんのようなシェルパの存在に文字通り支えられている。
シェルパたちは荷物を引き上げ、ザイルを張り、はしごを設置し、その他さまざまな
難しい仕事を任される。
その一方でシェルパたちは、押し寄せる訪問者たちからエベレストを守るための
保護活動も多大に行ってきた。
1992年からは定期的に清掃登山も実施している。
「エベレスト登山に来る人は、エベレストをきれいにすることを
肝に銘じなければならない」とアパさんは言う。
アパさんは90年の初登頂以来、「死のゾーン」への登山を、
まるで子どもが庭で遊ぶようにこなしてきた。
だが、危険な仕事であることは間違いない。
アパさんの妻と3人の子どもは毎日のように、シェルパの仕事を
辞めるようアパさんに懇願しているという。
そうは言ってもアパさんは、極めて高度な技術を持つがゆえに
各登山隊からひっぱりだこの「スーパーシェルパ」の1人だ。
スーパーシェルパは、英国植民地時代の単なる「荷物持ち」から脱皮して、
シェルパを尊敬に値する1つの職業として確立したことにも貢献した。
シェルパの名前を初めて世界に知らしめたのは、1953年にニュージーランドの
エドモンド・ヒラリー(Edmund Hillary)卿とともにエベレスト世界初登頂を果たした
テンジン・ノルゲイ(Tenzing Norgay)氏だ。
■これからは何かのためになる時に登る
しかし2007年に17回目の登頂を果たした際には、アパさんはほかのすべての
シェルパ・グループとともに、ネパールの学校建設資金を調達するためのドキュメンタリー
映画を作るために登った。
「ネパール人だけで、シェルパたちだけで、この世界の頂点に立った経験は
素晴らしかった」とアパさんは語った。
アパさんは、今後は何かのためになることがある時にだけ登るつもりで、
記録に関しては、誰かが自分の世界記録を破ってくれるのは大歓迎だという。
「20回登ることができる人がいれば、とても素晴らしいと思う」と述べつつアパさんは
「それでも最も最高なのは最初の1回だね」と笑った。(c)AFP/Tripti Lahiri