
安曇野市堀金三田の臼井泰彦さん宅でこのほど、
大正時代に始まった常念岳(2、857メートル)での
集団登山の資料が見つかった。
避難小屋の石室(いしむろ)や登山道の建設についての
文書や写真などで、いずれも臼井さんの父親の故文美
(ふみよし)さんが収集。
環境を整え、登山文化をはぐくもうとする人々の情熱を
伝えている。
同市の国営アルプスあづみの公園は14日から一部を
園内に展示する。
1965(昭和40)年に亡くなった文美さんは、
教員の傍ら常念岳や登山の歴史を研究。
泰彦さんが自宅の中を整理していたところ、画用紙の
台紙約30枚に張った文書や手紙、写真などが見つかった。
常念岳登山は、「常念校長」と呼ばれ、1916(大正5)
年に堀金小学校に赴任した佐藤嘉市校長が提唱した。
資料は、佐藤校長の呼び掛けで発足した「常念岳研究会」
の趣意書、石室建設の地鎮祭の案内状、寄付の内訳を
記した文書など。
石室建設直後の登山の写真には、佐藤校長の筆跡も残る。
文美さんはこうした歴史を教え子に伝えようと、
展示用に台紙に張ったとみられる。
あづみの公園は2005年、テーマ展示館内に石室を
イメージした展示室を設置。
同研究会は常念岳登山の歴史を伝える資料を提供したが、
今回の資料の中には当時探して見当たらなかったものも
あるという。
一志信一郎会長は「寄付を集めたり、営林署と
交渉をしたり、集団登山をしようとする先人の
エネルギーが伝わる」と話している。
同公園の展示は、「ふるさと常念登山の会」が
21日から2日間行う初めての安曇野市民登山の関連行事で、
8月9日まで。資料のうち5点をパネルにして、石室の
展示室入り口に並べる。
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常念岳は、何故か玄人受けする山ですが
こんな資料が出てくると、又行きたくなりますね。
歩いても歩いても、頂上に近づかない、あの苛立ち。(笑)
見えている分、遠くに感じると言う不思議な山です。
甘く見ていると、エライ目に合います。(笑)
充分に気を引き締めて登る山ですよ。
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