手縫いの登山靴を作れる職人は全国を見渡しても、もはや5〜6人しかいない。東京・文京区の登山用品店『ゴロー』の経営者の森本勇夫(いさお)さん(63)はそのうちのひとり。登山靴職人として約50年、この道一筋に生きてきた人物である。
森本さんは小学生の頃、学校から帰ると、登山靴職人だった父親の仕事の手伝いをしていたという。「中学生のときには、登山靴の底を作ることも、縫うこともできましたよ」と語る。卒業後は家業に入る。子どもの手伝いとは違い、父親は厳しかった。『職人は盗んでおぼえるもの』という考え方から、特別な技術の伝授などなかったという。
「父は教え方を知らなかったと思う。『見てろ』の一言が父親流の教育だったのかもしれない」と森本さんは回顧する。
25歳で独立した森本さんは、五年間ほど、登山靴の卸し業を営んでいた。30歳になると、登山用品と登山靴製造販売店の『ゴロー』を現在地に興した。永年、ピッケルや登攀用品までも扱っていた。5年まえからは、大型店には価格と品揃えでかなわないと判断し、専門性を強め、登山靴中心の業態に絞り込んだのだ。
登山靴の選び方について、森本さんに聞いてみた。既製品はメーカーによって同一寸法の表示でも、幅や長さがちがう。26センチだ、27センチだと寸法を決めてかかると、足に合わないケースが多い。
登山者の足は一人として同じではない。足の左右の寸法が違うひとも多い。しかし、既製品は左靴と右靴の寸法はおなじ。ここに既製品の弱点があるという。そのうえ、外反母趾、甲高という特徴なども加わる。
既製品の欠点を踏まえた森本さんは、登山靴からウォーキングシューズまで、採寸した見合う木型で作る、オーダーメイドに拘泥しているのだ。つまり、登山者側に立つ、使い勝手のよい物を提供する、昔ながらの職人気質の精神で商いを続けているのだ。
ゴローの客の大半がリピーター。客は北海道から九州と広い範囲だ。森本さんから話を聞いているそばで、長崎県からきた男性が靴のオーダーメイドを頼んでいた。そして、足型や寸法を取ってもらう。出来上がりは約1カ月半後だという。
登山靴を一度買い求めた客は、靴底の張り替えとか、補修とかあったとしても、3〜10年先まで来店しない。満足度が低ければ、再度の来店などなくなる。リピーターだといっても、5年、10年に一度くるだけだから、森本さんは真剣な目で、客の相談にも懇切丁寧に応えている。
登山靴の職人は経験から、木型に合わせたパーツを張り、縫い合わせて完成させる。「悔しいけれど、完璧な登山靴などできないよ。神様でも、作れないと思う。客は150パーセント以上を期待してくるけれどね」。この謙虚さが究極の技を追い求める職人魂だろう。【了】
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